今昔物語 角道征史 VOL.5

社会人時代 ~入院生活~

入院生活最初の1ヶ月は完全寝たきりでした。
骨盤がきれいに割れていたので、動かさずに自然に再生してくっつくのを待つという方針だったらしく、ただ寝てるだけ。

だがしかし、CT画像的にはミリ単位で綺麗に割れているとは言っても、ビミョーに斜めにずれていますが...
このままくっついて大丈夫なの?という不安を抱きつつ、2週間も経った頃。

「なんじゃこりゃ!」

それまで全く気づかなかったんですが、足に異常事態発生!
全く動かさないというのはこういうことか...両足がものすご~くスリムな状態に。
ふたまわりは細かったでしょうか、腕と同じぐらい?最終的には骨と皮だけのようなところまでいっちゃいました。

風邪引いて寝ていました、なんてときとは違い全く動かさないので、当然立ち上がったりすることもなく、足に負荷がかからないために、不要な筋肉がどんどんと落ちていってしまうということに。
使わないとどんどん痛んでくる家や車と同じように体も衰えていくんだということを身をもって実感することになりました。

車いすを使って体重をかけずに移動するのは、かなり面白い体験。
パラリンピックもかくやという、自在なコーナーワーク。
調子に乗って、外出しようとしたところ、道路をうまく転がすことができません。「ありゃ?」
建物内は平坦なフローリングなので負荷がほとんどかかりません。
ところが、道路は平坦といっても多少の勾配があり、舗装されているといっても多かれ少なかれ摩擦があるんですね。
短絡的な私でしたが、厳しい現実にあっさり挫折。すごすごと引き返すのでした。

外出には松葉づえ。骨盤の片側だけがダメだといっても、1本だけではさすがにつらく、2本あってもふつうに歩くよりは全然遅い。
友人に引きずりまわされたときはホントぐったり。体力の衰えを痛感です。

そんなこんなで半年後には職場に復帰を果たすも、さすがに後遺症は残り、当初は寒いと全く動けないほどに痛みが走っていました。
今ではすっかり楽になっていますが、やっぱりズレてくっついてしまった影響か...老後が恐いです...

整体師を志す

ともあれ、こうしたさまざまな不調の経験が、体を治すということへの関心を抱かせ、整体の世界に足を踏み入れていくきっかけとなりました。

さて実家のある横浜に戻った私は、カイロプラクティックの学校に通いながら、病院勤めを始めました。
当然のことながら、お医者さんや看護師さんの資格を持っているわけではありません。なのに病院スタッフ!?

いや~医療関係の仕事にもいろいろあるんですね。
僕が入ったのは手術病棟で、通称はオペ室。
メッセンジャーといって摘出した検体を検査するために運ぶ仕事だったり、サプライといって手術器材の洗浄滅菌消毒や薬の準備などをするお仕事だったり、まあいわば看護助手的な感じでした。

貴重な実務経験を経つつ、カイロの学校には夜間部で2年間通いました。半分は座学、半分は実技です。

カイロプラクティックというのはアメリカ版の整体みたいなもので、背骨の矯正を中心に体の不調を改善していくという技術です。
背骨からは全身に神経が伸びていますが、背骨の歪みがその神経を圧迫することで、機能低下を引き起こし、体が不調になっていく。
だから背骨の歪みを改善することで、本来の自然治癒力が発揮され、健康な体を取り戻せるというものです。

座学にしろ、実技にしろ結局のところそのままでは机上の空論。
検査方法や体の動かし方、ほぐし方、首・背中・腰などの矯正の方法。実際に人を相手にしなければ、ほんとうの意味では身につきません。

しか~し、にもかかわらず、カイロの学校では矯正禁止令が...
矯正が出来るようになりたいから学校に入ったのに矯正してはいけないってどういうこと?
どうやら過去に矯正の練習で体を痛めた生徒がいて、親のクレームにあったらしく、いちゃもんをつけられても困るということで...
そんなこと言われてもこっちが困るから。

そうした悶着もありつつ、最後の半年間は実技研修、インターン実習で治療院に行くことになりました。

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